5月放送分のラジオ収録

2017-04-24


昭和ちゃぶだいミュージック、5月放送分の収録をしてきました。

今回のテーマは「3日間お休みがあったらあなたは何をしますか?」でした。

みなさんからのお便り、面白かったです。
そこからトークを広げていた中で、服の話になり、KAB.ちゃんがいろいろと教えてくれました。

私は、服を買う時に失敗するケースがよくあります。
お二人から、「試着したら失敗しない」という話があり、そのトークの中では「試着してるんですけど失敗するんです。」と答えてしまいました。

しかし、帰り道でよくよく考えると、お店で買う時は試着をしますが、ネットショップで買う時は、試着していなくて、ネットショップで買う服でよく失敗しているのでした。

欲しい服のお店が近くになく、ついついネットで買ってしまうのですが、やはり服はお店で試着して買うべきですね!

また詳しくは、放送をお楽しみに♪

イーリア的作曲法

2017-03-25

今日は私の作曲法について書こうと思います。

私が真面目に作曲を始めたのは、14歳くらいの頃だったと思います。
(幼稚園時代から、ふざけた面白ソングは作っていました。)
当時、楽器は何も弾けなかったので、ただ鼻歌で作曲をしていました。
大学になると軽音楽部に入り、この頃からギターを少し弾き始め、楽器で作曲するということを始めました。

それから20代半ばくらいまでは、ギターを使ってコードを弾き、作曲することが多かったです。

しかし、ある時期から、私の作曲法は変わりました。
作曲をするのに楽器を使わず、また鼻歌で作るようになりました。
というのも、楽器を使わないで作曲した方が良い感じの曲ができることが多かったからです。
まずは鼻歌でワンコーラス作り、後からコード付けをするようになりました。
この手順に変わってから、私は一つの壁にぶち当たりました。
メロディー対してコードを付ける際、ギターを使うと複雑なコードが多く、ギターの技術がついて行かなくなり、ギター弾き語りをすることが困難になってしまったのです。

そこで、あれこれと悩んだ末、ピアノを習い始めました。
ピアノだと、複雑なコードでも簡単な指の動きで済むのです。
このコードをアコースティックギターで弾くには、指の押さえる位置が複雑で、大変でした。

こしうて私はピアノ弾き語りへと転向しました。
ピアノを始めてから作った曲は、全て鼻歌で作った曲です。
鼻歌で曲を作る時の手順は、「イーリア的作詞法」で書いた手順と似ています。

イーリアの曲は、ほとんどお風呂で生まれています。
まず湯船に浸ってリラックスして、目を閉じて、作ろうと思っている曲のテーマを想像します。
そうすると、いくつかのメロディーのカケラが頭の中で流れてきます。
その中で、サビ頭になるような掴みのメロディーが出てくると、それを採用します。
掴みのメロディーさえ出てくれば、後は芋づる式にAメロ、Bメロと出てきます。
そうしてワンコーラス完成です。

お風呂から上がると、iPhoneのボイスメモを使って、メロディーを録音しておきます。
この時、もしそのメロディーを忘れてしまっていたら、不採用にしますが、たいていは、また後から思い出します。

お風呂以外で浮かびやすい場所としては、飛行機の上空とか、自転車に乗っている時などです。
上空できれいな景色を見たり、自転車に乗りながらきれいな自然を見たりしていると、浮かびやすいです。

4月放送分の収録

2017-03-17

4月放送分のラジオ収録をして来ました。

今回のテーマは「一年生」
いつも楽しいお便りをありがとうございます!

今回の収録は、トークが盛りだくさんでエンディングはバタバタ状態。

テーマを語ったり、みなさんからの質問に答えたりと、3人だけでなく、リスナーのみなさんとも一緒にトークしているようで楽しかったです。

詳細は、放送を楽しみにしていてください♪

来月のテーマは、「3日間お休みがあったらあなたは何をしますか?」です。

みなさんからのお便りを、また楽しみにお待ちしています!

私の音楽の原点2

2017-03-14

以前ブログで、「私の音楽の原点」を書きましたが、今日はもう一つの原点について書こうと思います。

この原点の事を今また思い返したきっかけは、あるテレビ番組でした。
昨年末に録りためた録画を最近になって見たのですが、なんとそこに、いつも髪を切ってもらっている美容師の尾熊さんが登場しました。

通りすがりの方にインタビューをして、家までついて行く番組です。
この番組を見ると、尾熊さんは、美容師以外にも色々なボランティア活動をされていたり、講師等もされているようです。
そして、昨年11月には、ガンの方のための医療美容サロン「イルミエール」をオープンされたようです。

医療美容の道を歩み始めるのには、原点となる出来事があったという事。
それは、私の音楽のもう一つの原点と似ていたのでした。

尾熊さんは、友人に頼まれて、その友人宅で、ガンの奥様の髪を切ったそうです。
ガンの方は、普通の美容室には通いづらく、ずっと行けなかったそうです。
髪を切り、綺麗にセットをして鏡を見せると、奥様がぽろりと涙を流して喜ばれたそうです。
その時から、ガンの方のための医療美容室を開こうと心に決めたとのこと。

思い返せば私が20歳の頃、八王子駅の東急スクエア前で、軽音楽部のメンバーでゲリラライブをしました。

最後、メンバー全員で、クラブのオリジナルソングを歌いました。
青春の熱い想いをいっぱいに。
生命のエネルギーが漲り、みんなで想い一つに歌っていました。

そうしてライブが終わると、一人のおばあさんが涙を流しながらこちらに来て、私の手を握りこう言いました。

「私はガンの宣告を受けて、もう生きる希望を失くしてしまっていたのですが、いまあなた達の歌を聞いて、生きる希望が湧いて来ました。ありがとう。」

この時、私は初めて歌う側としての音楽の力を実感し、自分の一生を音楽に捧げようと、改めて心に誓いました。

以前のブログで、「私の音楽の原点」を書きましたが、あの時は音楽を聞く側として、音楽に救われ、音楽の力を実感したのですが、この時は、初めてアーティストの側として、その力を実感できたのです。

この2つの原点は、この先もずっと私の音楽人生を支えて行くことになると思います。

こうして、原点を思い返していると、なんだかとっても歌を作りたくなり、歌いたくなります。

イーリア的作詞法

2017-03-04

今日は私の作詞法について書こうと思います。

私が曲作りをする順番は、曲が先、詞が後です。
一時期、逆もやってみたのですが、曲が先の方がスムーズに仕上がるのと、こちらの方が良い曲になる事が多かったので、そのようにしています。

そんな私の作詞法。
まず曲が出来上がっている時点で、おおまかなの曲の映像のようなものができています。
そして、曲によってはメロディーと同時に所々に歌詞が出てきています。
そのままでは意味不明な単語だったりしますが、メロディーにはマッチしているので、大抵この歌詞を生かすことが多いです。

そこからさらにイメージを具体化するために、どのようにしているのか。

これは秘伝として隠しておきたい気もしますが、今日は思い切って書きましょう。(というと少しおおげさですが。)

まずはお風呂の湯船に浸かり、目を閉じて曲をイメージします。
そして、曲と一緒に出てきていた、細切れの意味不明の歌詞をイメージします。
そして、テーマが決まっていればテーマをイメージします。

すると、すると、意味不明だったはずの単語が意味を持ち始めて、続きの歌詞なども出てくるのです!

例えば、「You say I say」の場合は、
元々、曲と同時に出てきていた歌詞は
「Your say Your say Your say Your say」でした。

これでは、まず英文法も間違っています。
でもこのメロディと単語をイメージしていると、
「あなたは一体何を伝えたいの?」と思い、
そこから続きの歌詞が出てきました。

これが、イーリア的作詞法です。

メロディーが出てきた時点で、実はその歌詞は決まっていて、それを思い出すかのように書いているのかも?と思ったりします。

となると、その源泉は
一体どこにあるのか・・・

3月放送分のラジオ収録

2017-02-27

来月放送分のラジオ収録をしてきました。
今回のゲストは、イツカノオト。
コバヤシヒロシさんが来てくださいました。

ヒロシさんのトークネタがたくさんあり楽しかったです。
KAB.ちゃんとの生歌ハーモニー、3人が奏でる音楽、とっても素敵でした★

ヒロシさんとお話していると、なんだかどこか自分と同じ匂いを感じるなと思っていました。
もしかしたら、易で観ると私と同じ「巽」の人なんじゃないかと思い、生年月日から計算してみるとやはりそうでした!
巽の人の性質は、ひとことで言うと「自由」です。
風のように自由に駆け回るのが本来の性質で、そのように生きて行くと、うまく行くようになると言います。

イツカノオト、10年ぶりの再始動ということで、これからが楽しみですね!

5月6日にはイツカノオトのワンマンライブがあり、
5月20日にはKAB.ちゃんのワンマンライブがあり、
5月21日には、この番組の公開収録があり、
5月はお楽しみ盛りだくさんですね♫

私の音楽の原点

2017-01-26

私の音楽の原点と言える尊敬する方から
「一緒にがんばりましょう」
とのお言葉をいただきました。

色紙に書いていただいたメッセージ。
これは、私の宝となりました。

振り返れば、たしか11歳くらいの頃だったと思います。
希望を持てずに暗い日々を送っていた私に、一筋の光を与えてくれたのが、この方の音楽でした。

それまでは、私にとって音楽というものは、数ある娯楽の一つに過ぎなかったのですが、ここからガラリと変わりました。

音楽は人に希望を、エナジーを与えるものなのだと思いました。
そんな音楽を私も作って歌って、希望を与えられるような人になりたい!と、子供ながらに強く決意をしたことを覚えています。

それまで、将来の夢は特に持っていなかったのですが、この時から、シンガーソングライターになるという大きな夢であり、目標ができました。

目標を持つと、人は強くなるものですね。
それから、若き日の苦悩を昇華させるかのように、作詞をしたり、作曲をしたりして、14歳の頃に初めてオリジナル曲をヤマハのオーディションに送りました。
まだ楽器を何もしていない頃で、カセットテープにアカペラで一発録りをしたものでした。
かなり雑な出来栄えでしたが、それもまた良い思い出です。

曲を作るようになってから、もう一つの目標ができました。
それは、「永遠に残るような名曲を書く」ということ。

いつでも私の目標は大きいのです。
目標は大きいくらいがちょうど良いと思っています。

目標に一歩一歩近付いて行ければ、一歩一歩強くなれる気がします。
元々は希望を持てない、とっても弱い少女だった私が、大きな目標を持って、一歩一歩進んでここまで歩いて来れました。

その原点は、このメッセージをくれた、あの方の音楽です。

感謝とともに、私もそんな音楽が作れるように、がんばろうと思いました。

「一緒にがんばりましょう」
嬉しいお言葉をありがとうございます。

2月放送分のラジオ収録

2017-01-23


ラジオの収録をしてきました。

今回のテーマは、我が家のルール。

今月もたくさんのお便りをいただき、ありがとうございました!

みなさんのエピソード、面白かったです。
私の我が家のルールを話し忘れていたので、ここでひとつご紹介します。

我が家では、ベッドや布団の上に乗る時は、パジャマでないとダメというルールがありました。

東京に出てきて1人暮らしを始めた時、ベッドをソファ替わりにして座る人が多いことを知り、驚きました。
これは我が家のルールだったのか、と気が付きました。

とはいえ、大阪の実家ではベッドでなく、布団だったので、基本的にパジャマの時にしか布団に乗ることはありませんでしたが。

でも、このルールが今も身に付いているようで、いまでも布団を敷く時でさえ、パジャマに着替えてから敷いています。
今の我が家の寝室は、洋室なのですが、和室布団派の私は、洋室に畳を敷き詰めて和室風にして布団を敷いて寝ています。

来月のお便りテーマは「卒業」です。
また、みなさんからのお便りを楽しみにお待ちしています!

話は変わって、先日、お誕生日祝いをしていただきました。
お店は、私のお気に入りの「レストラン27」。
誕生日ケーキにイーリアの名前を書いてくれました。


ここのケーキは、マダムの手作りで、日本一のこだわり卵を使って作っているそうです。
お料理もデザートも、どれもとっても美味しかったです。

クリスマスと慰霊祭

2016-12-24


昨日は西八王子のフランセス教会にて、クリスマス会とペットのための慰霊祭があり、この慰霊祭で秋月こおりさんが歌いました。

曲目は、先日発売された「また会おうね・・・虹の橋で」と「ぼくはここにいるよ」です。

慰霊祭で司祭さまのお話の後、秋月こおりさんが登場。


高いアーチの天井、荘厳な教会の祭壇で、秋月こおりさんが生声を響かせて歌い始め、会場ではすすり泣く小さな声が響いていました。

こおりさんのマイクなしの生声の歌の響きがとても心に沁みました。
マイクがないのに、息遣いまで見事に高い天井まで響き渡っていました。

亡くなったペットたちも、ここで一緒にこの歌を聴いているような気がしました。

今日はクリスマス。
楽しい時間と、哀しみに浸る時間とが、一気に押し寄せてくる、今年はそんなクリスマスです。

また会おうね・・・虹の橋で MV

2016-12-21

「また会おうね・・・虹の橋で」が、いよいよ今月7日に発売されました。

そして、MVがYoutubeにアップされました。

イラストレーターのナカライカオルさんの心温まるイラストに乗せてこの歌を聴いていると、いろんな思い出がよみがえってきました。

また会おうね ありがとう
君の温もり忘れない
君の愛しさ忘れない

この曲は、ラピシングイーリアという名前で、永井宏さんと共作で作りました。

永井宏さんが18年寄り添った愛犬のチッちゃんが昨年12月11日に旅立ちました。
あれからもう1年の月日が流れました。


このイラストのダックスの表情が、チッちゃんの表情にとてもよく似ています。

18年もの年月を寄り添った家族が亡くなった悲しみは深く、いつも元気だった永井さんが、毎日悲しみに暮れていました。

そんな中で、一緒にこの子の歌を作って、ペットロスのみなさんに届けよう、ということになりました。

そして永井さんから、その時の思いを綴った散文詩と、サビ頭のメロディーをいただきました。

そこには、チッちゃんへの愛と、永井さんの悲しみがたくさん詰まっていました。
そして、これを書くことで、永井さんが自分自身を癒しているのだと思いました。

そんな散文詩を大切にしながら、私自身もチッちゃんとの思い出に浸りながら、自分自身を癒すように歌作りをしていました。
そうして完成した曲をアレンジャーの下田さんへとお渡ししました。

アレンジャーの下田さんから仮歌入りの曲が届いて聞いてみると、秋月こおりさんの歌声がこの曲にぴったりと合っていて、表現も素晴らしく、感情が入り込んで泣きたい気持ちになりました。

この時、まだボーカリストが決まっていなかったのですが、この仮歌が素晴らしかったので、このまま彼女にお願いしようということになりました。

そうして、秋月こおりさんのデビューが決まり、チッちゃんの1周忌にはCDを発売しようということになり、12月7日に発売となりました。

今頃、チッちゃんは虹の橋でこの曲を聴いてくれていると思います。

もしも 虹の橋があるなら
そこで待っていて欲しい
いつかの日まで

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